経絡治療からみた認知症の病因病理と鍼灸治療

認知機能の生理
認知症は脳の病気ですが、脳が納まる頭部は人体の最も高い位置に在ります。
自然界で言えば最上位には天が在り空が在ります。
東洋医学では、自然界を大宇宙とします。
人体を小宇宙とします。
大宇宙の出来事は小宇宙の出来事として投影されます。
人体は自然界の縮図です。
自然界の一番上に在る天空と人体の一番上に在る頭脳には同じような働きが有ると考えます。
雲一つない晴れ間が広がった空はスッキリとして気持ちが晴れやかになりますが、同じように頭脳も澄んでいれば思考・判断・記憶などが順調に発揮されます。
このような状態であれば認知機能は健やかとなります。
これを【穢れなき天空】とか【穢れなき天空機能】とします。
穢れなき天空機能が認知機能を保持増進します。
認知症の病因病理
何らかの原因でこの穢れなき天空機能が維持できなくなると認知機能が衰え、認知症を発症します。
空が曇れば淀むように、頭脳も曇れば淀みます。
穢れなき天空機能が失調する原因は大きく分けて2つあります。
【清陽】が頭脳に不足すると穢れなき天空を形成できません。
【濁陰】が頭脳に混入すると天空が穢れます。
清陽と濁陰
私たちの体には、体にとって必要なものと要らないものが混ざりあって循環しています。
体にとって必要なものを【清】とします。
体にとって要らないものを【濁】とします。
清は陽の性質を有します。
陽の性質は上昇拡散です。
合わせて【清陽】は上に昇って頭脳を養います。
清陽は上昇↑と覚えてください。
濁は陰の性質を有します。
陰の性質は収斂下降です。
合わせて【濁陰】は下って大小便となり体外へ排泄されます。
濁陰は下降↓と覚えてください。
穢れなき天空の形成
この内、清は混じりけのない一点の曇りもない純度の高い気です。
この清陽が上昇して頭脳に充たされることによって、穢れなき天空が形成されます。
雲一つない晴れ間が広がった澄んだ青空のように、頭もスッキリとして思考・判断・記憶が順調で認知機能は衰えることはありません。あるいは年相応に推移します。
穢れなき天空の形成、穢れなき天空機能の保持増進には、頭脳に清陽が必要不可欠です。
清陽不足
ということで清陽が不足して頭脳に昇れないと穢れなき天空が形成できません。
認知機能が衰え、認知症を発症します。
濁陰混入
本来であれば、横隔膜から上には清陽しかなく濁陰は昇ることができません。
降りるべき濁陰が降りられずに清陽と共に頭脳に混入する天空は濁って穢れます。
天気が崩れると空が曇って気分が淀むように、頭脳も曇って淀みます。
天気が穢れるために、認知機能が衰え、認知症を発症します。
清陽不足と濁陰混入の病因病理
五臓の失調です。
外因(異常気象)、内因(ストレス)、不内外因(飲食労倦)によって、私たちが生きていくために必要な5つの大切な働きが失調すると、生命力が低下し清陽不足や濁陰混入を招きます。
その結果、認知症を発症します。
認知症の鍼灸治療
病因病理に基づき、五臓を原とする主たる変動経絡の虚実を弁え、補瀉調整し、生命力の強化に努め、穢れなき天空機能の再生を行うことを認知症の治療と予防の第一とします。
さらには、患者の症状に応じて、補助療法や標治法を施します。
証/本治法
病の舞台は元神の府である頭脳にありますから、やはり脳脊髄を主る腎を中心に、五臓が特に心や脾との絡みとなってきます。
腎虚証を中心に、
  1. 置き忘れは腎虚脾実証か腎脾相剋証
  2. 計算障害は腎虚心実証か腎心相剋証
  3. 興味の減退は脾虚肝実証か脾肝相剋証
  4. 考えがまとまらないのは肝虚脾実証か肝脾相剋証
  5. 思い出しにくくなる、忘れっぽくなる、名前がでないのは腎虚脾実証か脾虚腎実証
  6. 注意減退は心虚肺実証か心肺相剋証。
  7. 言葉じりがはっきりしない、何かとんでもない事を一言二言思ってもいなかったのに出てしまう、間違ったことを平気で言う等は心虚腎実証か心腎相剋証か腎虚心実証か腎心相剋証
  8. 怒りっぽい、ひっきりなしに家族を呼びつけるのは肺虚肝実証か脾虚肝実証
  9. 昼間は変わりないが、夜泣きながらあてもなく歩くのは肝虚肺実証か心虚肺実証
  10. 正確でなく調子外れでいろんな言葉が入る、歌など唄ったことがない人か唄いだす、体が震える、新聞を読もうとすると手が震える等は腎虚脾実証か肝虚脾実証(経絡治療 論説・講演集 柳下登志夫より)
などです。
補助療法/宮脇奇経治療
第二の経絡治療である宮脇奇経治療を補助療法とし、穢れなき天空の改善に努めます。
宮脇奇経治療の特徴は、
即効性があります。
診察診断さらには治療が簡便です
再現性があり誰でもできます。
以上の理由から海外では「Miyawaki EV Treatment」と呼ばれ大人気です。
認知症に対しては、督脉が関係します。
督脉は頭脳を流注しており、督脉を使えばダイレクトに穢れなき天空を改善することができます。
臨床試験では督脈が有効という結果が出ましたが、実際には陽蹻脉もあります。
これに陰蹻脉を加えるといい場合があります。
  1. 後谿-申脈
  2. 申脈-後谿
  3. 後谿-申脈+照海-列缺
  4. 申脈-後谿+照海-列缺
宮脇奇経腹診®にて鑑別します。
標治法
側頚部、鎖骨上窩、顎下のコリを緩めると脳への血流がよくなります。
分界項線上のコリを緩めます。
刺絡でもいいです。
やはり脳への血流がよくなります。
鍼灸師ができること
認知症には、脳の神経細胞が壊れることによって直接起こる【中核症状】と、
周囲の人との関わりのなかで起きてくる【BPSD(行動・心理症状)】があります。
介護者が苦慮することが多いのはBPSDです。
BPSDの温床となるのが、認知機能の更なる低下です。
今までできていたことができなくなる。
これを認知症の患者さんは失敗とか挫折として捉えます。

認知症でない方であっても失敗や挫折は辛いものです。
認知症の患者さんはストレスへの耐性が落ちているため失敗や挫折を繰り返す度にどんどんどんどんBPSDが深刻になってきます。
医療介護の現場では、失敗する前に介助する支援が推奨されています。

例えば、認知症の患者さんはトイレに入ります。
何をしにトイレに入ったのかを覚えていません。
便座を上げていいのか下ろしていいのかが分かりません。
用を足した後流すことが分かりません。
等々、トイレに入って出てくるまでに30分以上かかっても不思議ではありません。
その1つのできなかったこと、失敗挫折にショックを受け、BPSDを悪化させます。
なので、介護者がトイレに一緒に入って一連の動作手順を先に指示して失敗させないように介助するというのが、失敗する前に介助する支援です。

ですが、これがいかに大変なことかは容易に想像がつきます。
施設であれば、施設の職員さんが、認知症の患者さん全員について回ってこのような支援をするなんていうのは想像を絶する過酷さです。
誰もができることではありません。
介護の現場で働いてる方々には本当に頭が下がる思いです。

認知症を治すのは、東西の医学を問わず並大抵のことではありません。
私たち鍼灸師にできることは少しでも症状を和らげることや予防に尽きます。
長年鍼灸治療をしていると、10年前と運動機能、認知機能が余り変わっていない高齢者の患者さんがよくおられますが、定期的な鍼灸治療が何より予防効果があります。
未だ病まざるを治すです。
本治法は一長一短ではいきませんが、宮脇奇経治療やその他の標治法は、明日から直ぐに採り入れられる誰でもできる治療法です。
みなさんを頼って来られる患者さんやみなさんのまわりの大切な人たちの運動機能と認知機能の保持増進に役立てていただければ幸いです。
※以下のリンクは全日学で講演した時の内容です。
エビデンスをお知りになりたい方は是非ご覧ください。

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鍼灸師の鍼灸師による鍼灸師のためのowned 鍼灸にはあらゆる流派や様式が在ります。 この多様性が日本鍼灸の優秀性のひとつだと 感じています。 各流派に優劣は在りません。 それぞれに素晴らしい学術があり、互いを高め合う間柄です。 流派は違えど、患者を病苦から救うという同じ使命を持った鍼灸師です。 元々1つです。 互いを認め高めあい、上工に成れるように、願いを込めてこの名前を付けました。 ONE