よくなおる産褥期鍼灸~卵膜遺残の鍼灸治療
助産師のN先生より、出産を終えられ入院中の産婦さんを診てもらえないか?とご依頼が。
胎盤が出たにも関わらず、卵膜が一部子宮に引っ付いて出てこないとのこと。
これを「卵膜遺残」というらしい。
剥離徴候が見られないので、無理に引っ張ると子宮が捻転したり、大出血を引き起こす可能性がある。
産婦人科に連絡を入れたが様子を見てくださいとのこと。
卵膜が垂れ下がって露出しており、感染症が心配なので、鍼灸治療で自然に下りるようにはできないでしょうか?ということで、N 助産院へ往診。
卵膜遺残(らんまくいざん)とは?
ドクターズ・ファイルより
古医書からみる卵膜遺残
卵膜とは古道では胞衣(えな)とします。
第十七節 胞衣
胞衣は俗にエナと呼ばれます。これはどこから生じたものなのでしょうか。
男子の一滴の精液が、子宮に始めて凝る時は、女子の経水がこのために止まって、精胎を包養し、男女の象形を生じます。胞衣や男の精がその子宮に止まっている間、胎息が始まるに従って、徐々に上に先に一片の浮皮を生じます。これを胞衣と呼んでいるわけです。たとえば膏を煉熟すると表面に浮皮が張ってくるようなものです。人の形ができる前です。ですから児の頭にこれを敷くわけです。
また児の母の腹には、胞衣から出て臍に連なる一筋のものがあります。これを臍帯と言います。
母の水穀血液の濁気は胞衣で防ぎ、その清精の気は臍帯を伝わって胎を養っているわけです。
胞衣 下ざる事
一、胞衣下ざるは子産み終って後ち、血胞衣の中へ流れて膀れ下ざるなり。
一、子、胎内にて死する事あり、早く驚き、或は強く腰を抱き、しきりに捜り診る(今でいう内診)に因りて胞衣傷れ血燥きかるるの故に因てなり。其証母の唇舌黒く青きは母子倶に死す。舌黒く或は脹り悶える事甚だしき時は子死す、能く慎むべし。
妊 婦 はらおんな
十一、胞衣下らずは中極、崑崙、三陰交、に針。
治療1回目
☑初診 2019年(令和元年)6月14日金曜日
☑患者 20代女性。
☑主訴 卵膜遺残。
☑現病歴 6月12日に出産したが、出てきた胎盤についていた卵膜が子宮と繋がったままで剥離しない。
しばらく袋で吊っていたが、煩わしいのでハサミでカットして胎盤と分離する。
膣から垂れ下がっている卵膜を計測すると10センチも出ている。
さらに膣ギリギリまでカットする。
子宮口にくっついているためか、下腹部から恥骨にかけて痛みがある。
後陣痛(アトバラ)の痛みではないらしい。
☑愁訴 産後の便秘。
☑脉状診 浮、数、虚。
☑比較脉診 腎肺虚、脾心実、肝平。
☑経絡腹診 腎肺虚、脾心実、肝平。
☑証決定 腎虚脾実証。
☑適応側 左。
☑用鍼 怖がりのため刺さない鍼を使用。
☑本治法 中野てい鍼柳下モデルで左然谷に補法。柳下圓鍼で右陰陵泉と右豊隆を瀉法。
☑補助療法
✅奇経治療 右照海(患側)-左列缺(健側)+右公孫(患側)-右内関(患側)にテスターを貼ると右下腹部の圧痛が和らぐので主穴に5壮、従穴に3壮知熱灸。
施灸後、主穴に金粒、従穴に銀粒を貼付。
☑標治法
✅卵膜遺残に対して、肩井、合谷の左右を比べて圧痛の強い側に5壮、反対側に3壮知熱灸。
✅便秘に対して、下腹部の最も虚したところにてい鍼を当て6呼吸指頭叩打。
✅骨盤調整として、上後腸骨棘の左右の高さを比べて高い側の沢田流小腸兪に龍仙打鍼(以下の動画を参照)を神・気・精と精魂こめて三打。
☑止め鍼&セーブ鍼
治療の最後に、
●中脘穴→非適応側の天枢→適応側の天枢→下腹部正中の最も虚した箇所に止め鍼をしてドーゼの過ぎ足ると及ばざるを調節。
●百会左斜め2~3㍉後ろの陥凹部にセーブ鍼をして次回まで治療効果を保存。
☑セルフケア 肩井、合谷、奇経にドライヤー灸(以下のリンクを参照)をするように指導。
治療2回目/6月15日土曜日
☑経過 卵膜は特に変わらず。便秘が解消。ただし痔も飛び出して脱肛になった。左乳腺炎様症状が出だした。
☑脉状診 浮、数、虚。
☑比較脉診 腎肺虚、脾心実、肝平。
☑経絡腹診 腎肺虚、脾心実、肝平。
☑証決定 腎虚脾実証。
☑適応側 左。
☑本治法 中野てい鍼柳下モデルで左然谷に補法。柳下圓鍼で右陰陵泉と左豊隆を瀉法。
☑補助療法
✅宮脇奇経治療 左照海-右列缺+左陥谷-左合谷にテスターを貼ると下腹部の圧痛と左乳房の痛みが和らぐので主穴に5壮、従穴に3壮知熱灸。
施灸後、主穴に金粒、従穴に銀粒を貼付。
☑標治法
✅卵膜遺残に対して、肩井、合谷、三陰交、中封の左右を比べて圧痛の強い側に5壮、反対側に3壮知熱灸。
✅便秘に対して、下腹部の最も虚したところにてい鍼を当て6呼吸、指頭叩打。
✅骨盤調整として、上後腸骨棘の左右の高さを比べて高い側の沢田流小腸兪に龍仙打鍼。
☑止め鍼 中脘穴→非適応側の天枢→適応側の天枢→火曳きの鍼→百会左斜め後ろセーブ鍼。
☑セルフケア 肩井、合谷、三陰交、中封、奇経にドライヤー灸を指導。
治療3回目/6月16日日曜日
☑経過 卵膜は特に変わらず。便は続けて出ている。やっぱり排便時に脱肛になる。乳腺炎様症状は左右とも。
☑脉状診 浮、数、虚。
☑比較脉診 腎肺虚、脾心実、肝平。
☑経絡腹診 腎肺虚、脾心実、肝平。
☑証決定 腎虚脾実証。
☑適応側 気を下げ気を開放し卵膜を下そうということで左にしていたが、左でやると気が下がり過ぎて脱肛になるので右側に変更。
☑本治法 中野てい鍼柳下モデルで右然谷、右魚際に補法。柳下圓鍼で左陰陵泉と左豊隆を瀉法。
☑補助療法
✅宮脇奇経治療 右照海-左列缺(卵膜遺残に対して)+右公孫-左内関(乳腺炎に対して)+左陥谷-左合谷(脱肛に対して)にテスターを貼ると下腹部の圧痛と左乳房の痛みが和らぐので主穴に5壮、従穴に3壮知熱灸。
施灸後、主穴に金粒、従穴に銀粒を貼付。
☑標治法
✅卵膜遺残に対して、肩井、三陰交、中封の左右を比べて圧痛の強い側に5壮、反対側に3壮知熱灸。
合谷は奇経で左を使っているので右側のみとし知熱灸5壮。
✅便秘に対して、下腹部の最も虚したところにてい鍼を当て6呼吸、指頭叩打。
✅骨盤調整として、上後腸骨棘の左右の高さを比べて高い側の沢田流小腸兪に龍仙打鍼。
✅脱肛に対して、百会に無熱灸20壮(髪を焼いてはいけないので)。
✅言霊 最後に心神を鼓舞するセルフ気功を一緒に行う
☑止め鍼 中脘穴→非適応側の天枢→適応側の天枢→火曳きの鍼→百会左斜め後ろセーブ鍼。
☑セルフケア 肩井、右合谷、三陰交、中封、奇経にドライヤー灸を指導。
6月17日月曜日
N助産院より、一報が入る。
治療3回目の夜中にトイレで出血と共に卵膜が出たとのこと。
お昼休みに様子をうかがいに行くと、持ち帰ることなく退院を迎えられるということで、ご本人はもちろんN先生も、ようやく安堵の表情を浮かべられていました。
場の空気が光のベールに包まれているようでした。
ご本人から、「やっと、安心してお風呂に入れたん、メッチャ嬉しかった。」、この言葉が聞けて私も嬉しくなりました。
鍼灸師になって、※日本はり医に成ってよかったと思える瞬間です。
※日本はり医とは、(一社)日本はり医学会が提唱する、よくなおる経絡治療『日本はり医学会方式』を習得した脉診流経絡治療鍼灸臨床専門家の呼称。
反省と考察
先ず、1~2回目は適応側が間違っています。
本来、病症に偏りがなければ、女性は右側を適応側とします。
卵膜を下すために、左側を適応側としました。
左足は気を下げる作用があるからです、
また左の手足は気を開放する働きもあります。
ですが、これが間違いでした。
その証拠に、初診時には見られなかった、脱肛、左乳腺炎が2回目の時に発症しています。
この段階で適応側を右側に変えるべしでしたが、便秘が解消していることもあり、もう一度左適応側の腎虚で様子を見ることにしました。
3回目の時も、脱肛、さらには乳腺炎が左右に拡がっていたので、左に見切りをつけ右側に変更しました。
そして、翌日に遺残していた卵膜が出ました。
やはり、治療中の患者が新しい症状を訴えたときは、前回の治療の影響による、誤治です。
証の誤治は最も罪が重いですが、適応側を取り違えても誤治反応が出ます。
ただし、悪い側面ばかりではありません。
本症例のように、誤治を正治に結びつけることができれば、誤治もまた治癒への尊いプロセスと言えます。
大事なことは、臨床に対して謙虚であることです。
患者に起きる全ての現象は治療家の責任であり、治療の影響下の元にあるとし、再診毎の綿密な体表観察を欠かさないことと、患者の話をよく聴くことです。
そうして変わったことがあれば、いいことも悪いことも全て、治療家の施した治療の影響ですから、患者の体に起こったことと、前回の治療との因果関係をきちんと検証するべきです。
これが、大きな誤治を防ぎ、あるいは誤治から正治へと導く、最善策です。
終わりに
N先生におかれましては、毎回しびれるようなご依頼をいただき、ありがとうございます。
今回もたくさん勉強させていただきました。
退院までに間に合って、不安なくご自宅に戻られて本当によかったです。
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