予定日超過×破水×微弱陣痛に対する脉診流経絡治療
症例
☑患者 30代女性。
☑初診 ○年○月11日。
☑主訴 予定日超過。
☑現病歴 予定日を過ぎても陣痛が発来しない。
☑愁訴 腰痛。膝痛。浮腫み。時々胃痛。便秘。寝付き悪く夜中に目が覚める。トイレが近い。喉が渇く。よく汗をかく(胸・脇・額)。お腹が空く。
☑既往歴 つわり。逆子(自然に返る)。
☑経絡腹診 仰向けになれないので診れない。
☑脉状診 浮、数、実。ただし左は浮いているが右は沈んでいる。
☑比較脉診 腎肺虚、脾心実、肝平。
☑病症の経絡的弁別
✅予定日超過、腰痛、浮腫み、トイレが近いは腎水経の変動。
✅膝痛、時々胃痛、便秘、お腹が空くのは脾土経の変動。
✅寝付き悪く夜中に目が覚める、喉が渇く、よく汗をかく(胸《狭義には心》・脇《肝胆》・額《脾胃》)のは心火経の変動。
☑証決定 総合的に判断して腎虚証。
☑適応側の判定 病症に偏りなく女性であるため本来であれば右であるが、気を下げるために左を適応側とした。
☑本治法
①銀鍼1寸3分1番を用いて左太谿を補う→検脉→腎が充実。②母経の肺が虚しているので左太淵を補う→検脉→肺が充実。③相剋する脾の脉位に虚性の邪を触れるので、右脾経を切経して最も邪が客している右陰陵泉にコバルト鍼1寸3分2番を用いて堅に応ずる補中の瀉法→検脉→脾がきれいになる。④左関上浮かして胆の脉位に虚性の邪が浮いてきたので、脉位側の左胆経を切経して最も邪が客している左懸鐘(絶骨)から枯に応ずる補中の瀉法→検脉→胆経がきれいになる→陰陽共に整い和緩を帯びた脉になる。左右の浮沈差も整う。
☑標治法
✅安産お灸 肩井、合谷、三陰交、右至陰尖に知熱灸10壮ずつ。
✅陣痛促進穴
※本当の予定日の1週間前になると大椎の脊際(左が多い)に非生理的な所見が出現します。
これが第5胸椎の高さまで降りてきたら、2日以内に陣痛が発来します。
初診時で左第3胸椎脊際に確認。
円皮鍼を貼付。
☑セルフケア 安産お灸に灸点を卸し、自宅でドライヤー灸をするように指導。
また暇さあれば、肩井と合谷を指圧するようにお願いする。
☑止め&セーブ鍼 最後に脉状が整ったのを確認治療を終える。
- 治療2回目 ○月13日
☑経過 お腹が張るようになってきた。
☑脉状診 浮、数、実。やはり左は浮いているが右は沈んでいる。
☑比較脉診 腎肺虚、脾心実、肝平。
☑証決定 総合的に判断して腎虚証。
☑本治法
左太谿、左太淵に補法。
☑標治法
✅安産お灸 肩井、合谷、三陰交、右至陰尖。
✅陣痛促進穴 左第4胸脊際に円皮鍼。
- 治療3回目 ○月14日
☑経過 更にお腹が張るようになり、下がってきた気がする。
☑脉状診 浮、数、実。
☑比較脉診 腎肺虚、脾心実、肝平。
☑証決定 腎虚証。
☑本治法
左太谿、左太淵に補法。
☑標治法
✅安産お灸 肩井、合谷、三陰交、右至陰尖。
✅陣痛促進穴 左第3胸脊際に円皮鍼。
- 治療4回目 ○月16日
☑経過 お知るしと思われるドロッとした出血があった。
☑脉状診 浮、数、実。
☑比較脉診 腎肺虚、脾心実、肝平。
☑証決定 腎虚証。
☑本治法
左太谿、左太淵に補法。腎肺を整脉力豊かに補えたにも関わらず心実が取れないので右心包経を切経して最も邪が客している右郄門に弦実に応ずる瀉法。
☑標治法
✅安産お灸 肩井、合谷、三陰交、右至陰尖。
✅陣痛促進穴 左第5胸脊際に円皮鍼。
陣痛促進穴の高さより2日以内に陣痛が発来することを伝えて治療を終える。
- 治療5回目 ○月17日
☑経過 治療は明日であったが、夕方18時過ぎに助産院から電話があり、15時頃に破水したとのこと。
破水したが、陣痛が発来しないので、臨床後に往診。
21時45分、分娩室に入室。
助産師のN先生に状況をうかがう。
先程来より5分間隔で陣痛。
ただし、子宮口はまだ開いていないとのこと。
児頭下降度(station)は-3。
※児頭下降度(station)とは、坐骨棘間線を0としてそこから児頭の先進部の位置をcm単位で表現したもの。
①最大径,②先進部は
-2~-1: ①入口部
0: ①入口部~濶部,②坐骨棘間線上
+1: ①濶部,②峡部
+2~+3: ①濶部,②出口部
+4~+5: ①峡部~出口部
破水しているため、感染症のリスク管理に従い(破水から24時間、主治医によっては48時間以内に陣痛発来しなければ入院)、朝8時迄に本陣痛がこなければ、医療機関に連絡をいれるとのこと。
多分その時点で即入院、促進剤。
残り約8時間でstation-3は中々厳しい条件ではあるが、助産院で産みたい妊婦さんの希望を叶えるためにいざ治療開始。
バランスボールに腰かけて呼吸を整えている妊婦さん。
陣痛の波が落ち着いたところで脉診。
☑脉状診 浮、数、実。左の脉はきっちり浮いているが、右の脉が余り浮いていない。
☑比較脉診 腎肺虚、脾心実、肝平。
本陣痛が始まれば虚実が分からない脉が現れます。
その場合は治療は要りません。
虚実が分かるということは、経絡変動があり調整する必要があるということです。
特に心実が甚だしい。
つまり、上焦で気が停滞しているために、下に降りれない。
☑証決定 腎虚心実証。
☑適応側 気を下げるため左。
☑本治法 左太谿を補い、右郄門に弦実に応ずる瀉法。
☑標治法
✅安産お灸。肩井、合谷、三陰交、右至陰尖に知熱灸10壮ずつ。
✅陣痛促進穴 やはり第5胸椎の高さに出ているので、円皮鍼を貼付。
脉が整ったのを確認して治療を終える。
ご主人に肩井の指圧のやり方を指導し、「後はご主人の愛情に希望を託します。間隔が狭まるまで夜通し指圧し続けてあげてください。」とお願いして退出。
玄関先までお見送りいただいたN先生に、子午時間より推測して、「来るとしたら3時~7時の間に来ます。もし7時になっても一進一退でしたら、連絡ください。最後にもう一回治療しましょう。」と伝えて助産院をあとにし帰宅。
人事を尽くしたので仮眠して天命を待つことに。
今朝は6時30分に起床。
着信履歴はなし。
いつでも行けるように支度を整えていると、7時25分、携帯が鳴る。
まだか発来していないか?
と覚悟して携帯に出ると、
「先生、6時過ぎに無事に生まれました。母子ともに健康です。ありがとうございました。」
一緒に早起きしてくれた妻と抱き合って喜ぶ。
わけも分からず親父にハイタッチを交わされる上の息子と下の娘(ゴメンね😅)
歓声が響き渡るわが家。
ご近所のみなさま、朝から申し訳ございませんでした🙇
後日談
数日して、N先生がお礼に来てくれました。
今回は流石に難しいかもしれないという思いが一瞬よぎったそうですが、鍼灸治療後、みるみるうちに陣痛が進み、子宮口が開き、遂には無事に赤ちゃんを取り上げることができたとのことでした。
頼っていただき光栄です。
しびれるようなご依頼をいただきありがとうございます。
おわりに
- 本治法による生命力の強化
全ての病や症状は、五臓を原とする主たる変動経絡に原因を求めます。
虚実を弁え補瀉調整し生命力を強化するならば、体は正常な方向へと軌道修正します。
予定日超過や微弱陣痛も同じです。
変動経絡を補瀉調整すればこそです。
左腎を整脉力豊かに補うことができ、心に蔓延る実邪を右心包から弦実の手技で的確に瀉せたことが大きな要因です。
また、補瀉の手技はもちろん、適応側が如何に大事かということです。
脉診流経絡治療はやっぱり凄いです。
いつも助けられてばかりです。
経絡治療家で良かったです。
- 安産お灸の大事
私は、妊娠初期から母子の健康を保持増進するために安産お灸をすえます。
そして予定日の20日前より、気の降下に優れる肩井&合谷を加え陣痛の発来に備えます。
- 陣痛促進穴の高さで予後を判断
予定日の1週間前から大椎の左脊際に非生理的な反応が出現します。
これを陣痛促進穴とします。
これが第5胸椎の高さまで降りてきたら2日以内に陣痛が来ます。
本症例でも、陣痛促進穴が定位置に現れた翌日に破水しました。
破水も考えようによってはお知るしの範疇です。
陣痛促進穴が現れているかいないのか?
現れているとしたら、どの高さか?
そこから病院が待ってくれるタイムリミットを逆算して間に合うかどうかを判断します。
- キセキのオコシカタ(とまではいかなくてもコトのナシカタ)
それには何と言っても“ハリトヒト”です。
常々、治りたい患者の魂×治してあげたい医療者の心が大事ですと言っていますが、今回の場合もそれと同じです。
- 助産院での出産を叶えたい妊婦さんの想い。
- それを見守るN先生の想い。
- 支える家族の想い。
中野の鍼にこれだけの人の力が加わって成し遂げることができました。
最後になりましたが、ご出産おめでとうございます。
健やかなるお日々をお過ごしいただけるよう心より祈り申し上げます🙇
※以下のリンクは、本格的に周産期における医療連携を行うきっかけになった症例です↓
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