過活動膀胱の鍼灸治療
大人の女性が悩まされる尿漏れ。
その原因の1つとされているのが「過活動膀胱・切迫性尿失禁」です。
まだ膀胱はいっぱいになっていないのに、尿意を感じてちょこちょことトイレに行きたくなり、その途中で間に合わなくなるというものです。
ちゃんと溜まっていないのに溜まっていると感じる。
まだ排尿する瞬間じゃないのに、漏れてしまう。
現代医学的には、神経伝達と骨盤底筋の弱さがミックスされている状態らしいです。
確かに尿意・便意・排尿・排便も神経がコントロールしています。
東洋医学のフィルターで考えてみましょう。
◎排尿の生理
■気化すれば出ず
古医書に「膀胱は州都(しゅうと)の官、津液(しんえき)藏焉(ここにぞう)す。気化すれば則ち能く出ず。」とあるように、膀胱に集められた水分が五臓の気(機能・働き)の影響下のもと排尿が管理され、気が盛んであればおしっこがよく出て、気が不足したり滞ると出すぎたり出なかったりします。
■下口ありて上口なし
膀胱の腑には、排尿するための下口はありますが、直上の小腸から泌別された水分を直接搬入するための上口がありません。
ではどうして水分が膀胱に滲み入ることができるのでしょうか?
膀胱の上際には「腠理(肌のきめ・膜外の組織間隙)」があって、その上には小腸の下口と連なっています。
小腸で泌別された水分は小腸の下口から一旦ある預かり所に輸送されとどまります。
この働きを「蘭門」とします(岡本一抱の詳解)。
蘭門にとどめられた水分は、陽気の作用を待って初めて膀胱の上際の腠理を通過して滲み入ることができます。
茶漉しにお湯を注ぐと茶葉(濁)は茶漉しにとどまってお茶(清)だけが濾し出されるようなイメージです。
膀胱の上際の腠理が水分の清濁を分かち、これを主宰するのが陽気です。
お湯を注がなければ茶葉からお茶が濾せないのと同じで陽気が蘭門に影響しないと膀胱の上際の腠理を通過して滲み入ることができないのです。
■肺は水の上源
それではこの陽気はどこから来るのでしょう?
肺から降りてきます。
摂取した飲食物は胃にとどまり消化されます。
消化には強い熱エネルギーが必要不可欠ですがこの火力は「臍下腎間の陽気」から起こります。
この働きを「命門」とします。
またこの熱エネルギーは三焦の原気と名を変えて全身余すところなく立ち昇って巡り、上焦においては呼吸を、中焦においては消化を、下焦においては排泄と生殖を率先します。
立ち昇った三焦の原気という名の別使は、昇りに昇って天井に雨雲を作ります。
そして陽気を含んだ雨を降らします。
この雨雲に当たるのが五臓の最上部に位置する肺です。
これより水の巡りが始まりますので肺は水の上源とします。
陽気を含んだ津液が蘭門に下降し、膀胱の上際にある腠理を通過して滲み入りようやく膀胱に尿が溜まります。
■腎は水の下源
そうして膀胱に滲み入った津液ですが、腎の陽気の作用によって膀胱の下口が開いて小便が体外に排泄されます。
この膀胱の下口の開閉作用を腎が司るのは腎には「封蔵」という大切な働きがあるためです。
大事にしまい込んで決して漏らさない働きです。
封蔵があるからギリギリまで我慢でき、これが為さなくなると漏れてしまいます。
それだけでなく、腎気(働き)がしっかりしていれば父母から与えられた先天の原気や後天の原気からなる生命エネルギーの根源である精や、それから派生した元陰・元陽を無駄使いすることなく、またせっかく授かった命を十月十日守ることができます。
封蔵すごいです。
■肝は魂を宿す
そしてこれらを管理統括しているのは肝です???
尿意は意識下ではコントロールできません。
尿意だけでなく、睡眠・呼吸・消化・排泄などの自律神経支配は無意識に行われています。
この働きを「魂」とし肝臓に宿る神気です。
肝は五行では「木」に属します。
木の枝葉のように伸び伸びと伸びて気血水を全身のありとあらゆる細胞・組織・器官・臓腑経絡・四肢・百骸に巡らす働きがあるからです。
そしてこの働きを「疏泄」とします。
疏泄とは真っ直ぐに狙いを定めて筋道を作って最短で送り届ける働きです。
驚くなかれ、闇雲にランダムに気血水を疏泄しているのではなく、必要な箇所に必要な分だけ仕分けて疏泄しているのです。
仕分けるには深い考えが要ります。
深い考えなくして仕分けて送り届けることなどできるはすがありません。
この深い考えを「謀慮」とします。
謀慮に基づき決断して適材適所に疏泄します。
その様子が、有事の際に自国を防衛するために最前線で指揮を執る将軍のような働きぶりを思わせるので、先の謀慮と合わせて「肝は将軍の官、謀慮出ず」とします。
そして大事なことはこの一連の働きは全て無意識に行われています。
これを「魂」とします。
正に自律神経であり、あるいは免疫に相当します。
ここでは、排尿に主要な肺腎肝を挙げましたが、それだけでなく五臓六腑が渾然一体となって排尿を主宰しています。
◎過活動膀胱の病因病理
■神に従い往来するのが魂
最終的に排尿は、謀慮を出す将軍の官である肝の魂機能によって適材適所、排尿においては下焦に気血水を木の枝葉のように伸び伸びと疏泄させることによって為されます。
ですから、魂を平定することが気持ちのよいおしっこを安全保障します。
魂は自律神経ですが、自律神経を乱れさせる最たる要因は「ストレス」です。
ストレスを受けると魂がままならなくなります。
古医書に「神に従い往来するのが魂」とあります。
神とは自我や自意識です。
「自意識に従い往来するのが無意識」
神は心に宿る神気です。
太陽です。
自然界においては太陽の射し照らす陽の光によって木々は成長します。
また陽の光の方向によって木の伸びる向きが左右されます。
小宇宙である人体においても太陽である心神の影響を木である肝魂はモロに受けます。
太陽が曇れば木が枯れたりねじ曲がったりあらぬ方向に伸びたりするように、心神が曇れば肝魂は謀慮を失い暴君に従う狂った将軍に成り下がり、誰も抑止できないので適材適所に気血水を疏泄できなかったり反対に疏泄しすぎたりします。
その結果、まだ膀胱にはちゃんと溜まっていないのに溜まっていると感じ、まだ排尿する瞬間じゃないのに、漏れてしまうといった、現象が起こるのです。
ストレス、つまり七情の乱れは、欲心・怒り・愚痴などのよくない自意識を芽生えさせ心神を曇らせます。
わだかまりのない晴々した心神に従って往来する時は自国を想い労る心優しき肝将軍です。
曇り光を失った心神に従って往来する時は狂った肝将軍に豹変します。
主君の如何によって肝将軍の善悪が決まります。
心神の曇りによる肝魂の怠惰・暴走。
これが過活動膀胱の全容です。
異病同治の観点から、全く同じ病因病理で起こるのが自己免疫疾患です。
これはまた項を改めて。
◎過活動膀胱の鍼灸治療
■本質治療
気の変化であり、また上源である肺から水が起始しますから肺の変動です。
経絡治療学では、
□肺虚証(肺脾の虚)
□腎虚証(腎肺の虚)
□肝虚肺実証(肝腎の虚、肺の実)
□心虚肺実証(心肝の虚、肺の実)
などの証に従って本治法をして生命力を強化します。
■対症療法
□補助療法
△奇経治療 太衝ー通里・照海-列缺。
△ムノ治療。
□標治法
△水分・水道・中極(皮内鍼)・腎兪・膀胱兪に知熱灸。
△仙腸関節をそろえる。筆者の場合は沢田流小腸兪に龍仙打鍼。
■養生
ストレスを溜めない。
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