予定日超過と微弱陣痛の症例

10月17日 月曜日
■患者 助産院でお産予定の妊婦さん。
■在胎週数 41週。
■主訴 予定日超過。
■現病歴 予定日を過ぎても陣痛が来ない。
■タイムリミット 20日木曜日の朝9時00分に産科で診察があり、それまでに陣痛が来なければ、そのまま入院してお産となる。
■臍帯巻絡 エコーでは臍帯が二重に巻いているとのこと。
■愁訴 腰痛。臥位からの起居動作が辛い。
■腹診
⚫︎腹状診 仰向けになれないので不可。
⚫︎比較腹診 仰向けになれないので不可。
■脉診
⚫︎脉状診 沈、数、実。
⚫︎比較脉診 腎肺虚、脾心実、肝平。
■病症の経絡的弁別 主訴の予定日超過、愁訴の腰痛は腎水経の変動。
臍帯巻絡は心火経の変動。
■証決定 病証脉証および『脈経・平妊娠胎動血分水分吐下腹痛証第二』『医心方・妊婦脈図月禁法第一』より臨月は腎の変動であり、臍帯巻絡は逆子と同じく苓桂甘棗湯証と考え、この方は【奔豚気病】の聖薬であり、奔豚気病の病因は【驚】【火邪】であり、以上より腎虚心実証と診た。
■適応側の判定 柳下登志夫先生の臨床理論より気を引き下げるためには左の腎経が第一選択であり、宮脇優輝先生が考案した本治法テスターを用いた時空弁証で検証確認した結果、やはり適応側は左とした。
■選経選穴 『難経六十八難』病症選穴より、合は逆気して泄するを主るを考慮してその他の要穴を時空弁証した結果、足の少陰腎経合水自穴陰谷とした。
■選鍼 時空弁証の結果、毫鍼>てい鍼。
■手技手法 中野鍼法補法G0.2C。
■予後の判定 本当の予定日の一週間前から出現する【陣痛促進穴】の現在地を確認すると定位置の第五胸椎まであと10㍉のところに在る。
本日17日(月)を入れて18日(火)19日(水)の3回しか治療をすることはできないが、助産院でご主人に立ち会ってもらって出産したいというご本人の希望を叶えるべく、やれるだけやってみることにした。
■治療
⚫︎本治法 
銀鍼1寸3分1番で左陰谷、左尺沢にG0.2Cの補法。
コバルト鍼1寸3分2番で右大陵に堅に応ずる補中の瀉法。
⚫︎標治法 
◼︎香取利雄先生直伝安産12穴より予定日超過に対応して、肩井、合谷、三陰交、香取中封、右至陰尖に最適解知熱灸15壮ずつ施灸。加療の有無は時空弁証で判定して最終的に20壮まで施灸した。

◼︎現在地の陣痛促進穴に円皮鍼を貼付。

■効果判定

脉の和緩、寸関尺の伸び、胃神根の充実より生命力が強化されたことを確認して治療を終える。

10月18日 火曜日

■経過 少しお腹の張りが強くなった。

陣痛促進穴の位置を確認すると定位置まであと8㍉。

■脉診

⚫︎脉状診 やや浮、数、実。

⚫︎比較脉診 腎肺虚、脾心実、肝平。

■証決定/適応側 腎虚心実証。左適応側。

■治療

⚫︎本治法 

左陰谷、尺沢補法。

右大陵に堅に応ずる補中の瀉法。
左懸鐘に枯に応ずる補中の瀉法。

⚫︎標治法 

◼︎安産12穴 肩井、合谷、三陰交、中封、右至陰尖に最適解知熱灸20壮。

◼︎現在地の陣痛促進穴に円皮鍼を貼付。

10月19日 水曜日

■経過 より張りが強くなった。陣痛促進穴がようやく定位置まで降りて来た。

午前中に助産院でエコーをすると赤ちゃんがだいぶ下まで下がって来ているとのこと。

けれども子宮口は全く開いていない。

■脉診

⚫︎脉状診 浮、数、実。

⚫︎比較脉診 腎肺虚、脾心実、肝平。

■証決定/適応側 腎虚証。左適応側。

■治療

⚫︎本治法 左陰谷、左尺沢に補法。

過去2回は整脉力豊かに主たる変動経絡の生気の虚を補うと、左寸口沈めて心の脉位に邪気実が浮いて来たが、今回は左関上沈めて肝に邪気実が浮いて来た。

肝は陰器を主る。

つまり子宮だ。

助産院で診てもらったようにあとは子宮口を開くだけのところまで来た。

七十五難で肝に浮いて来た邪気実を、脉状より虚性の邪と診て、右太衝に堅に応ずる補中の瀉法。

胆経に浮いて来た邪気実を左懸鐘に枯に応ずる補中の瀉法。

⚫︎標治法 

◼︎安産12穴 肩井、合谷、三陰交、中封、右至陰尖に最適解知熱灸20壮。

◼︎ようやく定位置に降りて来た本丸の陣痛促進穴に円皮鍼を貼付。

定位置の陣痛促進穴に円皮鍼を貼ると48時間以内に陣痛が来る。

とはいえタイムリミットの明日の朝まで48時間もの猶予はないが。

取り敢えずは、希望を叶えるための必要最低限の条件は揃った。

人事を尽くして天命を待つ。

明日の朝までに陣痛が来ること願い最後の治療を終える。

10月20日 木曜日

朝、助産院より一報が入る。

昨夜夜中2時に陣痛が始まり、朝まで自宅で頑張って、今朝から助産院に来ているとのこと。

なのでひとまずは産科に行かなくても良い。微弱陣痛なので本陣痛に至るように鍼灸で手伝ってくれないかとのことなので、お昼休みに助産院にうかがおうと思ったが、陣痛の間隔が緩やかなので来院してもった。

■経過 前回治療後におしるしがあって、夜中2時に陣痛が始まった。

現在は10分だったり20分だったり30分だったりして安定して陣痛が継続しない。

■脉診

⚫︎脉状診 浮、数、実。

⚫︎比較脉診 腎肺虚、脾心実、肝平。

■証決定/適応側 腎虚証。左適応側。

■治療

⚫︎本治法 左陰谷、左尺沢を整脉力豊かに補うと、ここで遂に右関上沈めて脾の脉位に邪気実が浮いて来た。

古来より予定日超過や微弱陣痛は三陰交を瀉せと言われているが、脾経を切経すると確かにどの要穴よりも三陰交に実的所見がある。

右三陰交に堅に応ずる補中の瀉法。

胆経に浮いて来た虚性の邪を、左懸鐘から枯に応ずる補中の瀉法。

⚫︎標治法 

◼︎安産12穴 肩井、合谷、三陰交、中封、右至陰尖に最適解知熱灸20壮。

◼︎陣痛促進穴を確認するとやはり定位置に違いない。

再度陣痛促進穴に円皮鍼を貼付。
10月20日 木曜日 夜
土用 19時13分

診療後、22時00分前に助産院へ往診。

■経過 当院で治療後、助産院に向かったが陣痛が遠のいたので一旦自宅へ戻る。

再び19時00分過ぎより陣痛が始まる。

これは土用の影響下によるものと推測。
助産院に到着したのは21時00分過ぎとのこと。

■診察/診断/治療 分娩室で脉診すると、虚実がハッキリと出ない。

だいたい本陣痛が始まるとこのような脉を打つことをこれまでに何度か経験している。

脉の虚実がないということは、本治法をする必要がないということである。

それでも依然微弱陣痛なので、陣痛を継続させるために肩井、合谷、三陰交、中封、右至陰尖に最適解知熱灸20壮。

施灸後再度脉診すると、僅かに虚実が出て来たので、比較脉診をして主証は腎虚証で本治法。

本治法テスターで丁寧に時空弁証して一鍼毎に検証確認しながら、左陰谷、左尺沢を中野鍼法G0.2Cで補い、脾経と胆経に浮いてきた邪をそれぞれ右三陰交から堅に応ずる補中の瀉法、左懸鐘から枯に応ずる補中の瀉法。

脉の和緩、寸関尺の伸び、胃神根の充実より生命力が強化されたことを確認して治療を終える。

この時点で23時00分過ぎ。

時計を見ながら、

①23時00分〜1時00分(胆ー心)
②1時00分〜3時00分(肝ー小腸)
③2時00分〜3時00分
④3時00分〜5時00分(肺ー膀胱)
⑤5時00分〜7時00分(大腸ー腎)
で区切って、それぞれ自分の脉をモニターしながら順番に目配せして、どの時間帯が最も脉が動くか良くなるかを時空弁証。

その結果、③2時00分〜3時00分で最も動いて最も良くなる。

③以外の①〜⑤は子午陰陽時間、③は陰中の太陰である腎から陰中の少陽である肝に移行する時間帯、節気でいうと土用に当たる。

土剋水で、土用の影響を最も受けるのは腎である。

良い影響を受ければ陣痛がピークを迎えるだろうし、良くない影響を受ければ陣痛が遠のくかもしれない。

今夜19時00分過ぎから再び陣痛が始まったことを考えると、良い影響を受けて陣痛を後押ししてくれることを期待して、

「今の治療は助走だと思ってください。

これから段々と間隔が狭まってくると思います。

最も影響力が大きくなるのは2時00分〜3時00分です。

もう少しです。
もう少しだけ頑張ってください。
陣痛が安定して加速していくように、ご主人に(肩井を指差して)ここの指圧をお願いします。
きっと大丈夫^_^あとはご主人の愛の力に託します。」
と、妊婦さんとご主人と助産師の先生にお話して、ここで中野のお役目は御免となる。
10月21日 金曜日
4時00分、助産院からメールが届く。
3時過ぎに無事に出産したとのこと。
最終的に臍帯巻絡は一重。
しかも細い。
臍帯が細いとより首を圧迫するので心音に気を配りながら分娩を介助され、無事に産まれたとのことです。
ご出産おめでとうございます。
参考文献
脈経・平妊娠胎動血分水分吐下腹痛証第二
婦人懐胎一月之時足厥陰脈養。
二月、足小陽脈養。
三月、手心手脈養。
四月、手小陽脈養。
五月、足太陰脈養。
六月、足陽明 脈養。
七月、手太陰脈養。
八月、手陽明脈養。
九月、足少陰脈養。
十月、足太陽脈養。
諸陰陽、各養三十日、活児、手太陽少陰不養者、下主月水上、為乳活児養 母。
懐妊者、不可灸刺、其経必堕胎。

医心方・妊婦脈図月禁法第一
 『産経』云。
黄帝問曰、人生何如以成。
歧伯対曰、人之始生、生於冥冥、乃始為形。
形容無有櫌、乃為始収。
任身一月曰肧、又日胞、二月曰胎、三月曰血脈、四月曰具骨、五月曰動、六月曰形成、七月曰毛髪生、八月曰瞳子明、九月曰入胃、十月曰児生出也。
夫婦人任身、十二経脈主胎養胎、当月不可針灸其脈也。
不禁、皆為傷胎、復賊母也、不可不慎。
宜依月図而避之。
懐身一月、名曰始形。
飲食必熟酸美、無御大夫、無食辛腥、是謂始載貞也。
一月足厥陰脈養、不可針灸其経也。
厥陰者、是肝、肝主筋。
亦不宜為力事、寝必安静、無令恐畏。
懐身二月、名曰始膏。
無食辛臊、居必静処、男子勿労、百節骨間皆病、是謂始蔵也。二月足小陽脈養、不可針灸其経也。
小陽者内属於胆、当護慎勿驚之。
懐身三月、名曰始胎。
当此之時、未有定儀、見物而化、是故応見王公、后妃、公主、好人、不欲見僂者、侏儒、醜悪痩人、猿猴、無食苗姜兔肉。
思欲 食果瓜、激味酸葅瓜、無食辛而悪臭、是謂外象而内及故也。
三月手心主脈養、不可針灸其経也。
心主者内属於心、心無悲哀、無思慮驚動之。
懐身四月、始受水精、以盛血脈。其食稲粳、其羮魚鴈、是謂盛血気、以通耳目而行経絡也。
四月手少陽脈養、不可針灸其経也。
手少陽内属三焦、静安形体、和順心志、節飲食之。
懐身五月、始受火精、以盛血気、晏起、沐浴浣衣、身居堂、必厚其裳。
朝吸天光、以避寒殃、其食稲麦、其羮牛羊。
和以茱萸、調以五味、是謂養気、以定五臓者也。
五月足太陰脈養、不可針灸其経也。
太陰者、内属於脾、無大飢、無甚飽、無食乾燥、無自灸熱、大労倦之。
懐身六月、受始金精、以成其筋骨。
労身無処、出遊於野、数視走犬、走馬、宜食鷙鳥猛獣之肉、是謂変湊理細筋、以養其爪、以堅背膂也。
六月足陽明脈養、不可針灸其経也。
陽明内属於脾、調和五味、食甘。
甘和无大飽。
懐身七月、受始木精、以成骨髄。
労身揺肢、無使身安、動作屈伸、自比於猿、居必燥之、飲食避寒、必食稲粳、肥肉以密腠理、是謂養骨而堅歯也。
七月手太陰脈養、不可針灸其経也。
陽明内属於肺、無大言、无号哭、無薄衣、无洗浴、無寒飲之。
懐身八月、受始土精、以成膚革。
和心静息、無使気控、是謂密湊理、而光沢顔色也。
八月手陽明脈養、不可針灸其経也。
陽明内属於大腸、無食燥物、無忍大起。
懐身九月、受始石精、以成皮毛。六腑百節莫不畢備、飲醴食甘、緩帯自持而待之、是謂養毛発、多才力也。
九月足少陰脈養、不可針灸其経也。
少陰内属於腎、無処湿冷、無著炙衣。
懐身十月、倶已成子也。
時順天生、吸地之気、得天之霊、而臨生時乃能啼声、遂天気、是始生也。
十月足太陽脈養、不可針灸其径也。
太陽内属於膀胱、無処湿地、無食大熱物。
周産期鍼灸について

ONE

鍼灸師の鍼灸師による鍼灸師のためのowned 鍼灸にはあらゆる流派や様式が在ります。 この多様性が日本鍼灸の優秀性のひとつだと 感じています。 各流派に優劣は在りません。 それぞれに素晴らしい学術があり、互いを高め合う間柄です。 流派は違えど、患者を病苦から救うという同じ使命を持った鍼灸師です。 元々1つです。 互いを認め高めあい、上工に成れるように、願いを込めてこの名前を付けました。 ONE